読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

岡山・広島の企業と社長をもっと輝かせる広告屋の視点

岡山・広島の広告会社に勤務する馬庭直人の毎日ブログマラソン。

自分探し

常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである。 Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.

アインシュタインさんの言葉。

ところで、人って全然違いますよね。 日々営業で色んな人に合うと、同じ日本に住んでても どうしてここまで考え方が違うのだろう、 それは当たり前だとわかっていても、 いつも感じる瞬間があります。

住んできた環境や関係性が 影響するのだよ、 そう言われればそうですが、 自分ではなかなか環境を選べない、非力な幼少期に 自己認識の多くが形成される、といわると、 やっぱ自由意志なんか無いよ~、 そう思うわけです。

作られるべきしてできた人間性。

もし人間として生まれても、オオカミに育てられたら どうなるんだろう?

そんな時ストリートファイターブランカをいつも思い出します。

もしブランカが人間として人間らしく 生きたい、と思った瞬間、 あの強さは手放さなければならなく成るかもしれませんね。 (あ、強さはプレイヤーによりますがw)

ユング心理学に「人生の正午」と言う言葉が有りますね。

 「人生の正午」というのは、スイスの精神医学者・心理学者C.G.ユング(1875-1961)の言葉だ。 ユングによれば、人生の正午を境とする人生の前半と後半は様相をだいぶ異にするのであって、 それはあたかも正午をはさんで日の光と影の方向が逆転することにも似ている。 今まで影になっていた部分に光が当たり、光を受けていた部分に影が潜むようになる。 ユングは、生涯を通した人間の発達を考えた。人生前半の人間の発達が、労働と愛によって社会的地位を 築くためにあるとするなら、人生後半の発達は、それまで抑圧してきた自然な、ありのままの、 本来の自分らしい自分の発見にあるという。その人生後半のプロセスをユングは「個性化」と名付けた。

(引用) http://homepage3.nifty.com/potawind/dokuhaku6.htm

自分を何故か、あるいは毅然と否定して、 理想を追い求めて、輝いて、時々疲れる。 そして徐々に、自分を自分として受容していく。

ブランカのエンディング。 心優しい少年?

私たちは、なぜこんな分かりにくいドラマを 演じているのでしょうか。

ところで。

パソコンの解説書は1年も経てば、中古の価値さえなくなるのに、 人間の心理学や哲学についての書籍は、 何十年まえのものも変わらず読まれていますね。 どんなに技術や見識が発達しても、 私たちは「自分でしか自分を理解できない」のかもしれません。

なぜなら、本当の理解とは経験すること。

「自分」と一生一緒にいる『自分』を わかってあげる=受け入れてあげる、 それこそ、究極の愛でしょうか。

☆今日のクエスト☆ 自分のどんなところが好きですか?